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第伍話 相手のフィールドでは戦わない
雀荘『ささき』の斜向かいには広い駅前駐車場があり、そこの隣に雀荘『みやこ』もある。
この駐車場はみやこの利用者なら駐車料金を無料にしてもらえる仕組みだ。
ミサトの指定で対局はみやこで、という話になった。ミサトたちは車を夜までに移動しなければいけなかったのでそこが丁度良かった。
呉の指定したのは『東南』という雀荘だったがそこは4階は貸店舗。2階に怪しい事務所。1階に少し高そうな中華料理屋といういかにも怪しいビルの3階にある雀荘だったので、車で来てるからというもっともらしい理由をつけて駅前の『みやこ』を決戦の場になるよう交渉したのだ。
(大勝負なんだから相手のフィールドでやるわけにはいかない)とミサトは始まる前から戦いに不利にならないよう警戒したのである。
相手からしたら出鼻を挫かれただろうが、しかしどのみち美味しい話には変わりない。3対1でやっていい高レートなんてそれだけで大喜びな提案なので場所くらい正直な話どこでもいいと思ったのだ。
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「ねえ、本当にやるの?」
「ユキ、この私が負けるとでも思うの?」
「思ってない。そんなの微塵も思ってないけど、何があるかは分からないのが麻雀じゃない。ミサトもそれはよく知ってるでしょ。もし、万一のことがあったらどうするのよ!」
「その時はこの車を売るかな、はは」
(このワゴンは中古車で買い取り価格50万がせいぜいだってことはユキには黙っておこう)
駅前駐車場に車を移動させると斉田夫婦も丁度駆けつけてきていた。
「おじさんたちは仕事してていいのに」
「そうはいかないよ、おじさんのために戦ってくれるっていうんだ、応援させてくれよ。お金の工面は伸也が頑張ってるから、おじさんたちはミサトちゃんの応援に全力を注ぐ時だと思う」
「そう、なら大船に乗ったつもりで。安心して見てて」
ガチャ
『いらっしゃいませ!』機械音声のいらっしゃいませが大きな音で響いてビクッとした。
「音でっか!」
それに反応して奥の店員さんが気付く。
「あ、いらっしゃいませ! 四名様ですか?」
「『呉』で予約していた者です。少し早いですが」
「ご予約ありがとうございます。こちらの卓でご用意させていただいてます。どうぞ」
数分後──
「どうも、遅くなりました。呉です」
「いえ、私たちも今さっき来たところです。はじめまして井川です」
「聞いていると思いますが、自分は堂丈組の者です。それは理解しているんですよね」
「ええ、黒龍会の三次団体ですよね」
「負けた時の支払いは即金で。お支払い出来ない場合は堂丈組の管理している店で働いてもらいますがそれはいいですか?」
「ふん、キャバ嬢でもなんでもやってやろうじゃないの。ただ、負けた場合の話だけどね」
「強気なお姉さんだ。美しいし、プロポーションも抜群ときてる。負けた場合は風呂で働いてもらおうか?」
「なんでもいいから、どうせ起こり得ない話だし、考える意味ないわ」
「ちょっと! ミサト。風呂ってなんのことか分かってる!? 簡単に返事しちゃだめだよ!」
「よく分かんないけどまあ、勝ちゃいいんでしょ。私は日本一負けない雀士よ? 護りのミサトを信じなさい!」
(ミサトぉ。負けないんじゃなくて勝たなきゃダメな条件にしてたじゃないの……。バカバカ! ミサトのバカ!)
ミサトvs堂丈組 200万円帳消し戦、バトルスタート!
93.護りのミサト! エピローグ 旅の続き ――あの戦いから数日後。 ミサトたちはまだ旅を続けていた。リーグ戦は1期の欠場のみ降級なしのシステムに変わったので今期のリーグ戦が終わるまでは旅をしようと思っていた。 やはり産休や育休もあるし病気による長期欠場もあるので1期休場で降級扱いはきついとの意見が通ったようだ。昨年度より学生プロのための会費学割制度という案も採用され日本プロ麻雀師団は年々良い団体になっている。「ファァアああ。ねっむ。徹麻はこたえるわー」 昨日はゴールデンコンビたちと一緒にセットで楽しい麻雀をした。楽しい時間は過ぎるのが早いもので予定以上に過ごしてしまった。今日はまた青龍滝高校に行く日であるのに一睡もしていない。「ミサト! 前見て! バスきてる!」 気付いたら前方からバスが突っ込んで来ている。どうやら居眠り運転のようだ、反対車線から飛び出している。「ああああ!! ぶつかるーーー!!」「うわああああーーーー!!」 キキイイイーーーーーーーー!!『本日午前9時半頃にバスとワゴン車の衝突事故が起こりました。バスは回送車だったため運転手以外の怪我人はいませんでした。バスの運転手は軽傷です。 ワゴン車の方は人が1人も乗っておらず。突然の行方不明となっております。警視庁では誘拐事件の可能性もあると見て調査を進めています。目撃者によりますと「ぶつかる! と思った時女性が2人乗ってたと思うんだけどね」「間違いなく運転席と助手席には女性が乗っていた」などの証言があり2名の女性がさらわれたと見て現場近くに目撃情報を求めています』to be continued……
92.三章 最終話 護り護られ「テメェ!」「こんのアマぁ!!」「やめろゴロツキが! ……負けたら負けを認めようぜ」そう言ってヤクザたちの前に出てきてくれたのは店員の尾崎コウタだった。「うるせえ、ジャンボーイのテメェには関係ねーだろ!」「やかましい! 負けたのはしっかりとおれが目撃してる。言い訳はさせねえぜ。最後に負けを認めない時のために助っ人も呼んだしな。工藤くーん」「おう!」 そこには強面のスキンヘッドが立っていた。「くっ、工藤先輩!?」 呉が目を丸くしている。「全く、尾崎と財前に呼ばれて来てみたらてめえかよヤクザって。かーーーー、くだらねぇことしてんだな。ぶっ飛ばすぞコラ!」「あっ、いっいや、これにはワケがあって」「ひい!」「海坊主だー!(シ○ィハンターの)」 安岡と浜田は勘が鋭かった。自分らが勝てる相手ではないと直感すると一目散に逃げ出した。「あっ、てめえら!」「大丈夫だ。逃さねえよ」 そう言うと出口付近からもう一人強面が現れて逃げようとする2人をガッシリ捕まえると……ガコン!バキン! 思い切りゲンコツして一撃でのしてしまった。「進藤先輩まで! 2人まだつるんでたんですか」「たまたまだ、今日呼び出しされるまで雀荘で偶然同卓してたんだよ。ったく、面倒なことしやがって」 そう言うと工藤は呉にドガン! とゲンコツを食らわせた。呉の意識は遠くなる。 
91.第伍話 人生最後の祈り(二-伍待ち……か。運命を感じるわね。聞こえてる? いるんでしょ、【woman】)………(……まあ、もう憑かないって約束だったもんね。でも、もし、いまも居るなら。お願いがあるの……)カオリ手牌三四③④⑤34赤5567中中「お人好しの人を嵌めるために仲良くなったフリしたり。あとでレートアップふっかけるつもりで最初にわざと勝たせて、断れない空気にして高いレートに上げてからグルになって本気出して借金背負わせて……」「あん? それがなんなんだよ」「ワシらはヤクザなんや。そんなん当たり前のシノギじゃボケェ」「うるさい! ヤクザを平然と口にするな! そんなもんは社会のゴミなの! 迷惑しかかけないクズのカスだってわかりなさいよ!」 雀荘勤めの長いカオリにとって、もはやヤクザはゴキブリより嫌いな存在だった。居ればそこにいる全員に迷惑をかけるだけ。自己中で命令口調。雀荘従業員にはヤクザほど目障りなものもないのである。 温厚なカオリがこうも攻撃的になるのはもはやアレルギー反応と言っていい。雀荘勤めが長くなれば必ずヤクザに対してアレルギーに近い反応を示すようになるのだ。「この……!」「このツモで血の気を引かせてあげる。覚悟はいいわね」(私の親友であり師であり麻雀の神であるwomanよ。いまどうしてもあなたが欲しい。力よ、戻れ! 今だけでいい。一生に一度だけ
90.第四話 最後のアタック 安岡の手牌は悪くてアガリなどムリそうだからカオリに安全で仲間に危険牌になりそうなものを集めていった。(今回のおれはアシスト役だな。浜さんはなんかミスってて使えねーし、呉の兄貴が欲しくなりそうな所を集めとくか)と安岡は初手からアガリを諦めた。 その選択を見て(対面のチャラ男はアガリを諦めてる感じね。それとも七対子? 何にしても早そうではないわ。チャラ男のことは無視でよし)とカオリは読み取る。 呉の手は悪くなかったが役が作れずにいた。リーチをかければいいかもしれないがそうすると満貫直撃で逆転されてしまう。それだけは避けねばならないのでなんとしても手役を作る必要があった。(くっ、いつもリーチしてツモればいいやでやってるからいざ手役を作らなければならないとなると苦手だな。でも、200万が賭けられてる一局だ。絶対に隙を見せちゃなんねえ。ここはダマでアガれる手を……!)数巡後呉手牌①①①⑤⑥⑦34789中中(ぐっ、くそッ! 役無しだ。誰か中を出せ! そしたら鳴いて役ありテンパイだ。あるいはツモっちまえ!)シボッ! ストレスで呉はタバコに火をつけていた。カオリ手牌三四②③④⑤24赤567中中 5ツモ(ヤバいかな。上家のロン毛がテンパイタバコ吸ってるし…… でもここはこの一打!)スパン!打2 恐怖心ですくむ手をなんとか前に出して心では震えながら、それでも勇気で選んだ正着2索切り。それは呉の当たり牌
89.第三話 稀代の詐欺師! カリオストロ ついに運命のオーラスだ。先ほどの満貫をツモったことにより28200点差は17200点差に縮んでいた。浜田のリーチ棒がついてきたのが大きい。オーラスの親はトップ目の呉なので親っ被りをさせることが出来る。とは言え、満貫では届かない。かなりの不利であることに変わりはなかった。 下家の浜田は萬子一色手に染めるのが一番早そうな好配牌を貰った。そのことを一瞬で読み切るカオリ。(下家の広島弁っぽい男…… 全体的に上下の理牌率が高いな。そして切り出しは6索。萬子染めにする気かもね) それを見た上でカオリも上下を揃えまくった。そんなの上下揃えなくていいだろと言う牌まで正確に直し始めた。(ミサト、なんかカオリ上下理牌多くない? こんなに丁寧に理牌する必要ある?)(これは昔、白山詩織プロが使ったことで有名になった戦略ね。カリオストロという技よ)(カリオストロ……! どんな技なの)(まあ、見てなさい) 浜田は萬子染めの方針に懸念を抱いた。なぜならカオリの上下理牌率の高さからカオリの手も萬子一色に近いのではないかと読んだからだ。同じ色を欲しがっては下家の方は不利である。浜田手牌一二二三伍六七七①⑤2東東 ②ツモ(本当は索子筒子全部払って萬子一色に行こかと思てたんやが上家にも萬子が多いなら話は別や。同じもん狙っちゃ鳴けんし引いてくる可能性も低いわな。ちょうど②筒も引いたしここは123の三色狙いで行こか)打二 これが大きな間違いの一打だった。これだけ萬子が連なっているのだから萬子一色に寄せていく方針を断ち切るべきではなかったのだ。だが、カオリの上下理牌。そこに萬子が多いはずと思ってしまった。
88. 第二話 ダニの根性 ユキから引き継いだカオリの手牌は苦しかった。 カオリ手牌 七八八②②②④⑥68東南南 ドラ東 (頑張っても南のみのリャンシャンテンか。だけどここは最低でも満貫ツモが必要……) ツモ八 (七萬を活かしてタンヤオ移行とかしてる場合じゃない。早くリーチまで持っていかないと差し込みが行われて終わる。どうやっても不利なんだ。それなら) 打七 (通れ!) 七萬にロンの声はかからない。死を覚悟した一打でイーシャンテンに漕ぎ着けるがまだ打点は足らない。 「チッ! 気合い入った牌切るやないか」 「ここで一歩でも退いたらもう負けなんですから。当然の選択をしたまでです」 そう言うカオリの手にはあっという間に汗が滲んでいた。それもそのはず。七萬を掴んで捨てる。その作業に何人もの人生が乗っているのだ。それはとてつもないエネルギーを使わないと切れない一打だったはずだ。そこまでして進めた愚形2箇所残りのイーシャンテンにユキは目に涙を溜めながら見守った。 ミサトも神の存在を信じたこともない無神論者であるくせに何かに対して祈っていた。それは麻雀の神であるのか、それともカオリにであるのか。 いや、それは運命に対してだった。自分たちの友情に対して。これまでの青春に対して。自らの人生に対して。 (絶対に乗り越えられる! お願い! 勝って!)と願わずにはいられなかった。こんな所で終われない! すると次巡…… カオリ手牌 八八八②②②④⑥68東南南 赤5ツモ (うぉ!) 喉から手が出るほど欲しいと思っていた赤ツモ! もう8索に用はない。この牌も危険牌だが。 打8 (通れ!) パシン 何人もの運命を乗せた一打のなんと重いこと。打牌音が響く。強打したつもりはない。ただ、勢いよく振り下ろさないと打ち出せないのだ。緊張で腕の振りをコントロールできないくらいカオリの筋肉は強張っていた。 はあっ! はあっ! 「おうおう、頑張るやんかー」 「見上げた根性だ。極道に向いてるぜ」 「は、極道? 笑わせないで下さいよ。極める道とか。厨二病なんですか? ただの弱虫チンピラ集団が何を極められるってわけ。あなた達はただの怠け者。何もできない。真剣に仕事をしようともしない。『普通の人』になれなかった落ちこぼれよ! 今だって、正々堂